第8回の企画を終えて

 herveilは、以前に西荻窪FLATで見た際に、轟音と丁寧な歌が印象に残っていました。

 mamaririが今年の1月に発表したMVの素材の撮影をしたのが昨年の11月末のことで、その手伝いをしていたのが初対面のヒデくんでした。今年の8月にはmamaririの次作のMVの撮影があって、それにも彼は来てくれていました。特に前者の撮影については手伝ってくれた方が他にもいて、制作の中(なか)のことをよく知らずに子守りで顔を出しただけの僕がいい加減に話せるようなことではないのだから、ヒデくんの話をするために持ち出しただけの話題だとして受け取っていただきたいものなのですが、母親の制作の様子を娘に見せつつも制作手として働く方々から能天気に思われない程度の働きっぷりを醸し出しつつ、撮影の邪魔にだけはしまいと心掛けて過ごしていた者の視座から受け取ったのは、妻が、良い友達に囲まれて作業をしているという事実で、とりわけ妻の意図・思いを汲んだ頼りになる動きを続けるヒデくんの能動性には、襟を正されるようなところがありました。次作の撮影においてもヒデくんは、言われたことを手伝うという「手伝い」の基本理念を逸脱し、知見をフルに稼働させて実務をバリバリとこなし、カメラを持つことになった僕がヒデくんにこれってどうしたらいいんですかね? などと尋ねているような始末で……

 mamaririは制作に関わるずいぶんのことについて「自分だけで」進めており、そうでないこともなるべくなら「自分と友達で」進めようとしているように見える。もちろん、そういったルールがあるわけではないだろうし、社会の中での制作ということになれば完全に純粋な「自分だけ」ということはあり得ないわけだから、そんな方針は成り立ちようがないか、または、活動の範囲を著しく狭める息苦しい枷となるに違いないが、「自分だけ」でやることを助けてくれる仲間がいるということは、それ自体に若干の矛盾を孕みつつも、矛盾として否定するよりむしろ必要な要素と捉えたくなる程度に心地よいものであって、結果的に「自分と友達で」成り立っているのが今のmamaririなのではないかと思う。このとき、夫である僕としてはやはり、その素晴らしい友達に感謝をしておきたいし、自分の周りのそういった仲間に思いを馳せながら、自分の制作の全体像を見直したい気になります。

 herveilの方々、特にヒデくんとモエハさんはご飯に行ったこともあって、こんなに気立が良い人たちがいるならバンドは続けたくなるなあ、と、そういう思いでいます。

 彼らの演奏にはそういう人柄が映るようなところがあると感じました。FLATで観たときと同様に、真っ直ぐでよかった。スタジオの狭さがドラムの方の音量を制御するセンス・丁寧さを際立てたような感じもあって。

 さて、前者の撮影の実際では、照明・装飾の担当(?)で来ていたbnjさんが娘にやさしく声をかけてくれ、「パパはあっち行ってて! ブンちゃん大好きだから、遊ぼう!」と懐く娘に対して彼女が笑顔で寄り添ってくれたおかげで娘が長時間をにこやかに過ごせたのだったし、その意味で僕は一定の邪魔をしたのだったことを言わなくては不公平な気がして、書き足しておきます。実際のところ、彼女の優しさに甘えてしまいました。ありがとう!

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